90年代とファッションとアメ村の青春

90年代に思春期を過ごした私にとっては、大阪のアメリカ村で服や靴を買って、自分のイメージを高める事こそ(モテること)第一の任務であった。

ファッション雑誌を読んで「こんなコーディネートあるんか!オシャれだな~」と毎晩、次の服の参考例を探しまくっていた。

現代の10代はインスタグラムとかのSNSでファッションの参考例なんかを探してるかと思うけど、

結局は全く同じ事で、ダサい奴だけはなりたくない。異性に私服を見られてもカッコいいと思われたいというエネルギー。

90年代はファッションが最高に熱かった時代だと思う。

アメリカ村や堀江なんかを歩いていて、「みんな、そんな高い服よく買えてるな~、まだ高校1年生でしょ?」

とレベルの高さに焦りながらも、「カッコいい服を買うにはどんだけお金がいるんだよ、バイトしまくろっと」

と常に焦っていた思い出がある。

私が中学、高校生時代のアメリカ村界隈はファッションの中心、世の中の中心だと思うくらい熱気が漂っていた。

オシャれでな人、キレイ目ファッション人、当時の若手デザイナーのブランドを身にまとう人、パンクファッションの人、アメカジな人、古着をとにかくオシャれに着こなす人、Bボーイ系ファッションの人、スケーターファッションの人、アウトド系ファッションの人、スーツを着こなす人、などなど、とにかく自分のファッションはこれだ!という感じの若者がうじゃうじゃと俳諧していた。

大阪は土地柄、東京よりもファッションも個性的であった。色使いなども派手な人も多かったので、東京の渋谷、原宿よりもパンチがきいている感じもあったし、それが許される大阪の面白さがたまらなく好きだった。

90年代が終わり2000年になるあたりに、ユニクロがアメリカ村に出店した。

私も大ブームとなった1980円(?くらいだったかな)のフリースを買いに行ったし、とても流行っていた。

「服ってこんなに安いんや!、今までなんやったんやろ、去年はセレクトショップで15000円位で買ってたわ~」

と単純に安いのがありがたいと感じたが、安いユニクロに若者たち、おしゃれな若者も徐々に吸い寄せられていた。

熱狂のアメリカ村はファストファッションに押されて始めて、熱狂はしだいに無くなっていった、、

服は安く安くなり、みんなが画一的なユニクロファッションになり、あの熱狂はもう生まれないのだと思うとたまらなく寂しい、、

今の祭りの後のアメリカ村を歩いた時、そんな気持ちと、中学生、高校生時代に必死になって歩いた思い出の懐かしさでいっぱいになった。

90年代のファッションはモテる為のお金がかかる自己投資

90年代っていうのはとにかく服がよく売れた時代。

どんな服を着ているかっていうのがもう女性にモテる最大条件だった。

おしゃれじゃなきゃ「なんか違うあの人、、」と弾かれるような時代。

(あくまでも個人的な感想)

友達男同士でもセンスのいい服を着てないと、

「ちょっとダサイなぁ、ちょっとこいつと付き合えないな。」

みたいな空気感もあり、

おしゃれなブランドを持ってる友達の友達になりたかったら自分もある程度ブランドを持ってこだわりを演じなきゃいけない。

ユニクロなんか無い時代には、おしゃれ系な人と認識される為には、自分の足でショップをまわって、とにかく買い集めるしかないので、

時間も労力もかかる作業だったけど、その分皆が個性を際立たせていた。

ファッションセンスが無い人は、なんか微妙なアイテムを買いそろえてしまい、「あれ、この人と歩くの恥ずかしい、、」となりがちだった。

なので、皆必死にファッション雑誌で自分のセンスが変な方向に行かないかをチェックしていたのかもしれない。

私はお金が無くて、欲しいブランドが買えない高校生時代だったので、ファッション雑誌の参考例をに似た服をなるべく安く買うために、

アメリカ村を、時になんばシティなどを歩き回る学生だった。

90年代のアメリカ村の印象

アメリカ村はとにかくエネルギッシュでとっても面白い街、界隈だった!

通りのビルの1階には当然古着屋がひしめき合ってたし、

雑居ビルの2階3階、

あるいは「こんなとこに店があるのか」ていう感じの店もあった。

普通の住人が住んでるようなマンションの1室で、ドアを開けると古着屋さんなんて言うな店があったりして、

ほんとに迷路の世界、秘密の店みたいで、とにかく楽しかった。

ファインボーイズ、ブーン、カジカジなんていうファッション雑誌を常に買って、

最新のショップ情報を頭に叩き込んで、迷わないようにショップ地図も頭に入れて歩き回る。

でお目当ての店に行く。

もちろん最初に買わない。

他の店を見て3、4、5件の店をチェックしてから買う。

ずーっと回ってで欲しいものがあれば買うそういう風な感じでしたねあの当時のアメリカ村は。

店が多いからみんなが服を探しながら次々と隣の店なんかをチェックしていく。あの当時はほとんどの店を昼から夕暮れまでひたすらまわっていたと思う。

関西中の中学生高校生大学生が集結してるような街で、歩行者天国かって言う位人が多かったのを覚えている。

特に夏休みのアメリカ村、冬休みのアメリカ村は、ほんとに人が多くて、ここはインドかって言う位の人が多かった。

あと、人気店の中も超混雑していたから本当に大変だったな。

雑居ビルの中は満員電車の中のよう。

よくあんなところで商品を選んでよ、、今となればちょっと不思議なんだけど、

とにかく良い服を我先にゲットしたい!!

と言う思いでとにかくとにかく必死だったのを覚えてる。

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